カンボジアから帰国しました。
11月28日にプノンペンから韓国の仁川(インチョン)空港経由で帰国しました。今回のカンボジア旅はあちこちの孤児院、児童養護施設、支援団体、日本語教室、日本人関係団体等々を自転車で回り
、情報収集して来ました。様々な活動の形を知る事が出来ました。今後の参考したいと思います。次の旅は中南米、12月3日にメキシコへ向かいます。
11月28日にプノンペンから韓国の仁川(インチョン)空港経由で帰国しました。今回のカンボジア旅はあちこちの孤児院、児童養護施設、支援団体、日本語教室、日本人関係団体等々を自転車で回り
、情報収集して来ました。様々な活動の形を知る事が出来ました。今後の参考したいと思います。次の旅は中南米、12月3日にメキシコへ向かいます。
カンボジアに各種のミネラルウォターが販売されています。途上国カンボジアの水が気になる或る日本人が、カンボジアの大手飲料水メーカーの6種を、日本の水質検査所に検査を依頼したところ、全て不適格と判定
。一般細菌数が日本の基準は100以下なのに3000以上
。依って味の検査は実験不可能(飲めない
)。そこで、自分で飲料水会社を興しました。在カンボジアの日本人に愛用され、水の分かるカンボジア人にも浸透しています。でも、安さに弱い私は、いつも一番安い現地物のミネラルウォーターを飲んでいます
。
前回紹介した児童保護施設「夢ホーム」(「21世紀のカンボジアを支援する会」:略称:AAC21運営)で職業訓練所の竣工式がありました。板金技術など手に職を持たせたいとの思いをもつAAC21の会員さんの寄付で、ホームの一角に建てられたものです。
施工は日本へ留学した若いカンボジア人が社長の建築会社。この社長もカンボジア人に仕事を与えたいと起業した頑張り屋です。ただ、日本で建築工事に携わった者からすると、少々雑な造りが気になりますが、ここはカンボジアです。良しとしましょう
。
式典参加者は近隣の学校の子供達と住民の皆さん200名程で大賑わいでした
。来賓には国会議員2名も出席し、多大な感謝の意を表していました。訓練所寄贈の会員さんには議員から名誉ある記念のメダルが授与されました。
この式典参加の日本からの訪問団の皆さんからはお米、サッカーボール等々様々な物が寄贈されました。私もささやかですが、クメール語の「どらえもん」3巻を寄贈しました。式典終了後はホームの子供達16人に依るミニ運動会。指導はこの為に滞在していた元気印の会員さん。指導の甲斐あって、紅白分かれてのリレー、二人三脚、綱引きは盛り上がりました。この「夢ホーム」を始め、ほとんどの児童養護施設、孤児院が日本等の外国先進国の支援に依っています。日本では小さな金額が、途上国では大きな価値を持ちます。皆さまもご協力を![]()
カンボジアの大通りを走る車両の70%がオートバイ、20%が自動車(4輪)、10%がトゥクトゥク(3輪車)です。そして思い出す様に現われるのが自転車で、その比率は誤差の隙間に入る1%前後でしょう。目測の当てづっぽうですが…。
乗っているのは学生や子供が多い様です。農村へ行き、子供達に何が欲しいか聞くと一番が自転車です。通学とか買い物に使います。
安宿の近くには貸し自転車屋が沢山あります。外国人観光客目当てで1日1ドルが相場。私もプノンペンやシェムリアップで自転車を借り、宿から支援団体の事務所まで通勤
していました。それに自転車に乗っていれば、バイクタクシーやらトゥクトゥクからうっとうしい声を掛けられずに済みます
。脇見しながらフラフラ走っていますと、時折逆走してくる2輪車とぶつかりそうになります。この国では2輪車の逆走は暗黙の交通ルールです。私も活用して守ります
。
重宝していた貸し自転車ですが、毎日の貸し借りも面倒で、長期になると金額もかさみます。そこで中古の値段を聞いてみると30ドル(2700円)前後。なので買う事にしました。ちなみに新車は70ドルから。
シェムリアップで1台25ドル、プノンペンで1台27ドル。自転車を良く見ると日本の市町村の登録票が貼ってあります。日本で放置された自転車が回り回って、この国へ来て、第二の人生を過ごしていたのです
。
今、再び日本人が乗る事になりました。帰国の折は支援団体へ寄付しますので、短かい逢瀬となりますが…
。
カンボジア、シェムリアップから南東へ約70キロの地に、孤児院だるま愛育園のこども農園があります。孤児院の自立の為に、日本からの寄付によって4ヘクタールを取得し、お米を作っています。黄色い稲穂が一面に広がり、今の時期は刈り入れです。先日、40人の子供達と一緒に稲刈りをしてきました。子供達は学校がありますので、田んぼへ行くのは日曜日です。日中は暑いので、早朝5時にシェムリアップを出発し、1時間で到着。道具は丸い刃の鎌。年長の子供が稲を刈って傍に置き、小さな子供がまとめて縛ります。種の植え付けはばら撒きですので、日本の様に稲が整列していません。でも、不思議と等間隔に育っています
。私も裸足になって何十年か振りに稲刈りしました。子供の手際を見習いながら
鎌を動かします。私の刈り残した稲穂を、小さな子が後に付いて摘んで、ニッと笑って呉れます
。可愛いですね
。嬉しいですね
。久々にいい汗かきました。子供とはいえ、慣れていますし、40人ですので見る見る刈り取られていきます。11時終了。後は雇った地元の大人数人に任せます。ちなみに、1人1日5ドル(450円)です。空地にシートを敷いてとお昼ご飯。年長の女の子
がご飯・おかずを振り分けて用意して呉れます。遠足気分です
。食後は1時間の休憩と昼寝をし、帰路に着きました。現在は年に1回の収穫ですが、灌漑施設を造り、2毛作にして自給自足を目指します!。建設工事費は430万円。皆さま、だるま愛育園に御支援を
。
11月1日の午後に成田を発ち、同日の深夜にプノンペン空港に降り立ちました。カンボジアは3カ月振りです。3輪タクシー(トゥクトゥク)で馴染みとなってしまった安宿ゲストハウスへ。インターネットの世ですので、安宿でもメール予約受付します。
翌日、国際支援団体職員の家族と「水祭り」に出掛けました。毎年11月1日から3日に開催され、収穫の感謝とこれからの乾季を祝い、お盆で迎えた先祖を送る送り火をします。王宮を中心にトンレサップ川西岸は車の通行止めで駐輪場は大流行りです。近隣の町からも集まり、家族が連れだって300万の人の海となります。
主な催しものはボートレース
とか専用会場での祭典ですが、入場出来ない庶民はひたすら露店を眺めながら人の波になります。時々花火が上がりました。あちことの歩道でゴザを敷いて食事しています。私たちも露店の食事を取りました。その中の一つはゆで卵。これが半分孵化
しているのです。チキン料理の一種と云えます。1個(匹)で満足しました
。
最終日は私だけ観光客用の観覧席に入り、最終のボートレースを見学。トンレサップ川ではボートレースの熱戦が展開されて、時折歓声が上がります。小雨のパラつきが、段々と激しくなりましたが、いつもの夕立だろうと止むのをまちましたが、一向に止まず激しくなるばかり
。その上、強風が吹き荒れてきました。観客達は全身びしょ濡れでガタガタ震えています。止まないと諦めた観客達は家路を急ぎます。2時間程で止みましたが、本当に「水祭り」でした。後で聞くと、ベトナム沖に台風が来ていたとの事、納得しました
。
10月18日、友人達3人と秋の飛鳥路を巡りました。友人達は山登り仲間、皆リタイアした年配者
。だからではないのですが、自転車で巡りました。ボランティアのガイドさんも同じ年配者。出発地は「橿原神宮前駅」。9時に出発し、まず甘樫丘。大和三山、奈良盆地が一望出来ました。下って日本最古の仏像・銅造釈迦如来座像の飛鳥寺。次は次は飛鳥資料館。ここで昼食。とろみうどんと押し寿司定食。南へ辿って奈良県立万葉文化館。玄関前に「遷都君」が立っていました。次は岡寺。日本最大の塑像で高さ4.5mの如意輪観音坐像がおられます。境内からは飛鳥の里が見渡せます。次は横穴式石室の巨岩・石見台古墳。6世紀前半に築造され、女に化けた狐がここで舞ったとの伝説
があります。次は聖徳太子が自らの生誕地に建てた橘寺。河原寺跡、亀石、鬼の雪隠(セッチン)
、俎板(マナイタ)を辿って高松塚壁画館へ。最後は高松塚古墳。本当にこの辺りは、掘れば遺跡なのです。出発地に戻ったのは16時。掛った費用は貸し自転車代1000円、昼食代1000円、ガイドさんの交通費と昼食代500円の計2500円でした。見所一杯で大方は素通りでしたが、改めて古代日本の世界を知りました
。
香港から上海へは夜行列車
が走っています。1600キロを約18時間で結びます。料金は2等寝台の6人部屋の上段が508香港ドル(約6300円)、中段が519香港ドル、下段が530香港ドル。私は当然、上段
。日本ですと大阪・札幌間と同じ距離で25600円。香港駅で出国手続きと荷物検査をして乗車。乗車券の見方が分からなくて、回りの中国人達に聞いて自席を確保。上段は天井が間近で、起き上がると頭をぶつけてしまいます。安かろう悪かろうです
。定刻15時15分が来ると、例によって案内も何も無く動き始めました。同室はおばちゃん達ばかり。どこの国でも同じで世間話のおしゃべりに夢中。でも暗くなってくると皆、爆睡。広州駅で一時停車。隣のホームに成都行きの列車が止まっていました。かなりのオンボロ車体。成都は昨年5月12日に8500人超の犠牲者を出した大地震がありました。朝10時、11ヶ月振りの上海駅は相変らずの混雑。変わっていたのは長距離切符売り場が近距離用自動券売機室になっていた事です。慣れない皆さんは不安げに仲間と相談しながらボタンを押していました。長距離切符売場は道を挟んだ隣のビルの1階と2階にあり、広くなっていました。街に着くとまず宿探しですが、今回は事前に調べておいたユースホステルへ。上海には8軒ありますが、第1候補から第3候補まで回りましたが全て満室
。思えば今は8月、学校の夏休みなのでした。残りも満室と予想し、ユースホステルは諦めて上海駅へ戻り、宿斡旋所で紹介して貰って150元(約2100円)の中級ホテルへ投宿。翌日、気を取り直して再びユースホステル探し。ありました
相部屋50元(約700円)
。バックパッカー達がたむろしています。早速引っ越ししました。このユースホステルは新しくて小奇麗です。無線ランの電波がロビーに飛んでいて、あちこちでノートパソコンを開いている姿が見えます。私もと云いたいところですが、香港でダウンしたまま
。指を咥えて眺めるだけ
。 中国と日本を結ぶ一番安い交通手段は上海と大阪・神戸間を結ぶ国際フェリーです
。その為、日本人バックパッカー達の多くはこのルートを使って中国へアジアへ世界へと旅立ちます。私の今回の帰国はこのフェリーに決めました。
ベトナムから慌ただしく国境越えして入った中国は昨年9月以来で4度目です。国境バスで最初に着いた街は南ニン。ここのバス駅は大きく人の海。辺りは建設中のビルが立ち並ぶ新興開発地域で中国の国力を感じます。駅の掲示地図を眺めて次の目的地を広州に決め、乗車券を求めましたが明日の午後まで売り切れ。新興地なので安宿などある筈無く、駅ビルに隣接した中級ホテルに投宿。部屋が広過ぎて落ち着きません
。翌日はバスの出発の午後3時まで、バス駅で溢れるほどの中国人たちをウォチング。皆、懸命に生きています。広州行きのバスは寝台バス。外観は随分と走り込んだ感じのオンボロ。乗車すると内装は外観同様で少し異臭がします。寝台席の布団は何日も洗ってない模様
。バスは700キロ先の広州市へ向かって走り出し、到着したのは14時間後の翌朝6時。着いた所は広州バス駅。ここはどこ?私は誰?状態です
。取り敢えず路線バスで広州東鉄道駅へ行き、カバンを預けて中心街を散策。23年前に来ているのですが、様変わりで超高層ビルが立ち並びほとんど東京ニューヨークです。でもビルの谷間に入りますと、昔ながらの中国の庶民の世界があります。夕方4時発の香港直行の特急列車の乗車口に行きますと、パスポートチェックがあり、中国出国となりました。2時間で香港へ到着。入国審査を受けて香港入境。1997年7月に香港はイギリスから中国に返還されたのにまだ外国扱いです。基本的な社会経済制度は「一国二制度」で、法体系はイギリス領時代のコモン・ローがそのまま用いられています。だから、若干制限はありますが、言論の自由があります。タクシーの運転手に安宿は無いかと聞き、連れて行かれたのが繁華街のど真ん中。車から降りると男達が群がって来ました。皆「ホテル、ホテル!」と叫んでいます。一番安い値段を言う中国人に決め、連れらて行かれたのは高層雑居ビル。回りは中国人にインド人、黒人にアラブ人。ここはどこの国なのか?と思いました。皆、一癖も二癖もあるような顔付でうさんくさい事この上無いのですが、私はこんな雰囲気が好きなのです
?!。エレベータで15階。受け付けは中国人のオバサン。1泊150香港ドル(約1800円)。部屋は2畳程で、ここにベッドとトイレ・シャワー・エアコン・テレビ。インターネット用のランケーブルもあります。ハノイを出てからメールチェックしていないので、早速ネット接続。そして返信メールを書いていると突然フリーズ
。電源を入れ直してもダメ!。エアコンの冷風で冷やしましたがダメ。前回の北中南米の旅の時の再現です。仕方なく、近くのインターネットカフェを使う事にしました。2階建て路線バスの最前列に座り、終点から終点への路線バス観光で街を眺めました。香港も23年前に来ているのですが、さっぱり記憶がありません。ビルが新しくなり、街が綺麗になっているのは確かです。
カンボジアのコンポンスプー県、首都プノンペンから南西に70キロにある児童保護施設「夢ホーム」を訪ねました。ここには男児8人、女児8人と園長さん、保母さん、コックさんの計19人と犬2匹が共同生活しています。夜には警備員さんが番犬を連れてやってきます。児童たちは家で暮らす事、学校へ通う事が難しい子供たちです。この施設は日本の支援団体「21世紀のカンボジアを支援する会」・略称:AAC21(根岸恒夫理事長)により、今年1月に開所されました。敷地は奥行き90メートル、幅45メートル。児童と職員たちの家
と庭、遊技場、池があります。入口右手角に支援者による板金教室が建てられようとしていました。AAC21は2000年(H12年)1月発足。里親運動、校舎建設、井戸掘り、遊具セット寄贈等一筋にカンボジアの支援を続けています。夢ホームの児童たちの生活は午前中は部屋と庭の掃除、昼食後に揃って近くの小学校へ通学。出掛ける時には合掌して挨拶して呉れます。可愛いです!。ここが子供たちの夢を育み、子供たちが良きカンボジア人になって呉れる事を祈るばかり!。今回の旅ではAAC21の井戸寄贈式典、里子の家への訪問に同行しました。カンボジアの田舎の実情を知る事が出来、支援の必要さを実感しました。AAC21は支援者・賛同者を募っています。詳しくはこちらへ→http://www.aac21.net/index.html