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2009年9月

2009年9月28日 (月)

映画「花と兵隊」

Photo 大東亜戦争(太平洋戦争)後、祖国・日本へ戻らなかった日本兵がいます。未帰還兵、残留兵と呼ばれます。それぞれが様々な事情で帰国を断念し、現地に留まりました。この映画はタイ・ビルマ国境付近で敗戦を迎えたが日本に還らなかった日本兵にインタビューしたドキュメンタリー映画です。ビルマ戦線には33万の将兵が投入されましたが、その内の約19万が犠牲となりました。この犠牲の大半は戦闘ではなく、飢餓と病気によるものです。この地でのインパール作戦などを命じた大本営のエリート軍人達は万死に値します。現場を知らず、机上の作戦を練る姿には現代の官僚達が重なって見えます。生き残った90歳前後の元日本兵達は軍隊で培った技術を生かし、土地に根付き、新しい家族を作ってきました。子や孫ひ孫達に囲まれて餅をつき、蕎麦を食べ、祖国を懐かしんで穏やかに老後を過ごす姿に、本当に御苦労様と感謝したい。カメラの前で長年連れ添ってきた現地妻から「50年、喧嘩もしなかったって言いなさいよ!」と催促される元・日本兵は好好爺そのものです。 
インドネシアとベトナムで敗戦を迎えた者の中には、再び新駐して来た以前の植民地軍からの独立戦争に加わった日本兵がいます。日本軍がアジア進攻に掲げていた「アジア解放」の本当の意味でのものが、ここにあります。この独立運動で多くの日本兵が、現地兵を指導し、共に闘い、命を落としましたが、独立に大きく貢献しました。この事を知る現地の人々からは感謝され、戦死した日本兵は手厚く埋葬されています。アジアは反日国家ばかりではないのですsign01

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ナマステ・インディア

B 9月26日と27日に東京・代々木公園にてナマステ・インディアが開かれました。今回で17回目となる日本最大級のインド祭りです。インドと日本の相互理解を深める為の文化交流イベント。所狭しとインドレストランが25店、インド物品店舗が55店、旅行代理店6店、NPO団体等11団体と勢揃い。野外ステージでは朝から夕方までダンス、演奏、歌が演じられました。インドが一杯です。存分にインドを満喫出来ますlovely。見渡しますと入場者の20%がインド人、関東のインド人が大集合した感じです。第2会場の「たばこと塩の博物館」では文化講演会があり、多角的にインドを学べます。今回の講演は清好延さんの「インドの素晴らしさを考える」、山田真美さんの「神々が選んだ国インド」、松岡環さんの「最近のインド映画事情・2009秋」、観世清和さんの「能役者がインドに見たもの」。勉強になります
10月17日と18日には横浜でも「ディワリ・イン・ヨコハマ」と題して同様のインド祭りがあります。場所は中華街の近くの山下公園。お出かけ下さい。

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2009年9月27日 (日)

自民党総裁選

2b 先の総選挙大敗した自民党の再生を期した総裁選の投開票が明日28日です。立候補したのは西村康稔、河野太郎、谷垣禎一の3氏。西村氏が「密室で物事を決めるのは終わり。政策をしっかりつくる強い執行部をつくって、一致結束して民主党に立ち向かう」、河野氏が「最後の総裁選かもしれない。一致団結のもとに党を悪くする人と一緒に野球はできない。健全な二大政党には道半ばだ」。谷垣氏が「政治は国民のためという結党の原点に立ち戻り、みんなで団結するのが大事。この3主張は西村・谷垣2氏の全員野球方式と河野氏の世代交代方式の2つに大別できます。河野さんがバラしてしまいましたが、西村さんは過激な世代交代を主張する河野潰しの為に、森・元総理達が担ぎ出したのです。国民は自民党のこの様な体質に愛想を尽かしたのに、未だに気付いていない古参議員達。惨敗の原因が自分にあると自覚出来ない古参議員達。選挙予想では谷垣さんが優勢ですが、谷垣さんが当選したならば、自民党は分裂消滅する事でしょうcrying。頑張れ自由民主党!。

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2009年9月24日 (木)

具志堅幸司・講演会

Photo_3 9月20日、京都・亀岡にて「限界への挑戦」と題した講演会がありました。講師は昭和59年ロスアンゼルスオリンピックの体操個人総合優勝者・具志堅幸司さん。現在、日体大で後輩の指導に当っており、北京オリンピックでは強化部長を務めました。人生の目標へは本気で当る事、工夫する事、良いイメージを持つ事が大事。人間は自分が思うような人間になるもの、と話されました。氏は怪我やプレッシャーを高校の恩師と一冊の書籍の言葉に依って克服出来たと言います。この一冊の書籍とは「生きがいの探求」。著者は出口日出麿師、教団・大本の3代教主補です。この中の一つの詩を紹介します「淋しいでしょう 辛いでしょう。しかし辛棒してください。もう少しです 。明けぬ闇はなく、尽きぬ冬はありません。歯を食いしばってでも、土にかじりついてでも、どうなりこうなりこの峠を越えてください。”ああだめだ”などとはけっして言わぬことです。東でゆきづまったら西へまわりなさい。南がふさがったら北へお逃げなさい。東西南北みなだめでしたら、しばらくそこで臥(ね)ていてください。天地は毎日かわる、晴れくもり寒くあたたかく、日が出たり月が出たり、闇になったり朝がきたり、ゆきづまったままの状態が、永久につづくかのように思いなさるな。淋しいときは祈りなさい。辛いときはお願いなさい。神よりほかに真の杖も柱もありません。あなたもお祈りなさい。私も祈ります。」この書は「生きがいの創造」と「生きがいの確信」の2書と合わせて「生きがい3部作」として天声社から発行されています。

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2009年9月18日 (金)

第93代鳩山内閣

Photo 9月16日の特別国会にて第93代鳩山内閣が発足しました。国民の政権交代への熱意を受けてのものです。総選挙後の本格的政権交代としては昭和22年の片山内閣、平成5年の細川内閣に続く3回目となります。細川内閣は8ヵ月の短命で一時停止的なものでしたので、日本社会の仕組みはほとんど変わらず、官僚の天下が続いてしまいましたbearing。しかし今回は違うでしょう、違う筈です、違う事を祈ります!!鳩山さんは自称・宇宙人で、奥さんは太陽をパクパクとか金星人がどうのとか言ったりして、国際的に物議を醸したりしてますが、常識に捉われなくていい事ですwink。鳩山さんは「我々一人ひとりは推し量れない多様な個性をもった唯一の存在だ。ゆえに、自らの運命を自ら決める権利をもっており、またその選択の結果に責任を取るべき義務があるという自立の原理だけでなく、そうした自立性と異質性を相互尊重し、共感しあい、一致点を求めつつ協同すべきという共生の原理を重視したい」との哲学を持つ人です。この人に、この国を少し任せましょう。
組閣後、雛壇に立つ新閣僚達の顔から笑みは無く、皆固い表情でした。これからの難しい仕事への覚悟が読み取れます。これまでの自民党内閣での大臣の様に官僚の作文を読めばいいだけの役職ではなく、国民の為に大臣自身が考え決断しなければならないとの重責を感じているのでしょう。初の記者会見で皆、影の内閣とか次の内閣と呼ばれていた頃の頼りなさは無く、国の仕組みを変えるのだとの決意表明で、大臣としてなかなかサマになっていますpunch。長妻厚生労働大臣、管国家戦略担当大臣、岡田外務大臣、前原国土交通大臣、亀井金融大臣、原口総務大臣、そして鈴木宗男外務委員長等々、皆仕事師です。どんな仕事をしてくれるか楽しみです。期待は大なのですsign03

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2009年9月11日 (金)

選挙敗退で党首交代2件?!

公明党のこれまでの選挙は、緻密な票読みで当選確実な候補者だけを立てて全員当選させ、常に勝利完勝常勝と叫んできましたが、今回の総選挙ではものの見事に転落転倒完敗です。現有31議席から10議席減の21議席。歴史的敗北cryingです。テレビ報道番組「サンデープロジェクト」の選挙特集で、公明党=創価学会の選挙活動を映していました。選挙応援参加者が発していたのは「F活動」。「F活動」とは創価学会特有の言葉で、同窓会等の名簿から探し出した友人知人へ投票依頼をする事です。突然の訪問とか投票依頼の電話を受けて驚いた人もいるでしょう。「交流」して1人でも多くを獲得すればするほど功徳があるとされているのです。紛れもない宗教活動なのです。仕事を休んでの参加とか、選挙区外からでも来て選挙活動すれば更に功徳があるとされています。参加者のおのおのが役割分担をし、創価学会の組織を上げて政治活動しています。まさしく政教一致です。なのに、創価学会は「これは個人が自発的に参加しているので、政教一致に当らないdash。」などと云い訳しています。全国各地にある無税施設の○○池田平和会館での選挙活動での挨拶の「池田先生に勝利の結果を報告出来るまでやって参ります。」のどこが政教分離なのでしょう?。それにしても、創価学会が内部を取材させ、全国に放映したのは前代未聞です。幸福実現党が宗教色を全面に出して選挙した為に、自分たちの選挙活動もこれでいいんだと錯覚したのでしょうthink。この放送を見た国民は創価学会の実態を知った事でしょう。公明党は更に得票数を減らすでしょう。何よりですsmile。公明党は臨時全国代表者会議を開き、衆院選敗北で引責辞任する太田昭宏代表の後任に山口那津男政調会長を充て、新幹事長を井上義久副代表とする事を全会一致で了承しましたが、会議などとは名ばかりで池田さんの指示に他なりません
一方、予想通り全滅の幸福実現党は、本地川瑞祥党首代行が当選者を出すことが出来なかったとして責任を負い、辞任しましたが、党総裁の大川隆法さんはそのまんまsad唐突に政治への進出を言い出し、党の人事も決めたのは再臨の仏陀・大川さんなのです。役員会で後任選出の選挙が行われ、本地川瑞祥が改めて選出されました。そして今後の党運営の責務を全うすべく、党首に就任することが決議され、即時就任しました。この訳の分からない推移を整理しますと、選挙に負けましたが昇進したsign02と云う事です。まるでどこかの国の官僚の人事です。民主主義とは相いれない宗教団体での出来事です。
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香港から上海へ

香港から上海へは夜行列車trainが走っています。1600キロを約18時間で結びます。料金は2等寝台の6人部屋の上段が508香港ドル(約6300円)、中段が519香港ドル、下段が530香港ドル。私は当然、上段despair。日本ですと大阪・札幌間と同じ距離で25600円。香港駅で出国手続きと荷物検査をして乗車。乗車券の見方が分からなくて、回りの中国人達に聞いて自席を確保。上段は天井が間近で、起き上がると頭をぶつけてしまいます。安かろう悪かろうですhappy02。定刻15時15分が来ると、例によって案内も何も無く動き始めました。同室はおばちゃん達ばかり。どこの国でも同じで世間話のおしゃべりに夢中。でも暗くなってくると皆、爆睡。広州駅で一時停車。隣のホームに成都行きの列車が止まっていました。かなりのオンボロ車体。成都は昨年5月12日に8500人超の犠牲者を出した大地震がありました。朝10時、11ヶ月振りの上海駅は相変らずの混雑。変わっていたのは長距離切符売り場が近距離用自動券売機室になっていた事です。慣れない皆さんは不安げに仲間と相談しながらボタンを押していました。長距離切符売場は道を挟んだ隣のビルの1階と2階にあり、広くなっていました。街に着くとまず宿探しですが、今回は事前に調べておいたユースホステルへ。上海には8軒ありますが、第1候補から第3候補まで回りましたが全て満室wobbly。思えば今は8月、学校の夏休みなのでした。残りも満室と予想し、ユースホステルは諦めて上海駅へ戻り、宿斡旋所で紹介して貰って150元(約2100円)の中級ホテルへ投宿。翌日、気を取り直して再びユースホステル探し。ありましたsign01相部屋50元(約700円)sign01バックパッカー達がたむろしています。早速引っ越ししました。このユースホステルは新しくて小奇麗です。無線ランの電波がロビーに飛んでいて、あちこちでノートパソコンを開いている姿が見えます。私もと云いたいところですが、香港でダウンしたままbearing。指を咥えて眺めるだけweep。 中国と日本を結ぶ一番安い交通手段は上海と大阪・神戸間を結ぶ国際フェリーですship。その為、日本人バックパッカー達の多くはこのルートを使って中国へアジアへ世界へと旅立ちます。私の今回の帰国はこのフェリーに決めました。P1120414m

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2009年9月 6日 (日)

南ニン~広州~香港

ベトナムから慌ただしく国境越えして入った中国は昨年9月以来で4度目です。国境バスで最初に着いた街は南ニン。ここのバス駅は大きく人の海。辺りは建設中のビルが立ち並ぶ新興開発地域で中国の国力を感じます。駅の掲示地図を眺めて次の目的地を広州に決め、乗車券を求めましたが明日の午後まで売り切れ。新興地なので安宿などある筈無く、駅ビルに隣接した中級ホテルに投宿。部屋が広過ぎて落ち着きませんdespair。翌日はバスの出発の午後3時まで、バス駅で溢れるほどの中国人たちをウォチング。皆、懸命に生きています。広州行きのバスは寝台バス。外観は随分と走り込んだ感じのオンボロ。乗車すると内装は外観同様で少し異臭がします。寝台席の布団は何日も洗ってない模様angry。バスは700キロ先の広州市へ向かって走り出し、到着したのは14時間後の翌朝6時。着いた所は広州バス駅。ここはどこ?私は誰?状態ですcoldsweats02。取り敢えず路線バスで広州東鉄道駅へ行き、カバンを預けて中心街を散策。23年前に来ているのですが、様変わりで超高層ビルが立ち並びほとんど東京ニューヨークです。でもビルの谷間に入りますと、昔ながらの中国の庶民の世界があります。夕方4時発の香港直行の特急列車の乗車口に行きますと、パスポートチェックがあり、中国出国となりました。2時間で香港へ到着。入国審査を受けて香港入境。1997年7月に香港はイギリスから中国に返還されたのにまだ外国扱いです。基本的な社会経済制度は「一国二制度」で、法体系はイギリス領時代のコモン・ローがそのまま用いられています。だから、若干制限はありますが、言論の自由があります。タクシーの運転手に安宿は無いかと聞き、連れて行かれたのが繁華街のど真ん中。車から降りると男達が群がって来ました。皆「ホテル、ホテル!」と叫んでいます。一番安い値段を言う中国人に決め、連れらて行かれたのは高層雑居ビル。回りは中国人にインド人、黒人にアラブ人。ここはどこの国なのか?と思いました。皆、一癖も二癖もあるような顔付でうさんくさい事この上無いのですが、私はこんな雰囲気が好きなのですcatface?!。エレベータで15階。受け付けは中国人のオバサン。1泊150香港ドル(約1800円)。部屋は2畳程で、ここにベッドとトイレ・シャワー・エアコン・テレビ。インターネット用のランケーブルもあります。ハノイを出てからメールチェックしていないので、早速ネット接続。そして返信メールを書いていると突然フリーズsign01。電源を入れ直してもダメ。エアコンの冷風で冷やしましたがダメ。前回の北中南米の旅の時の再現です。仕方なく、近くのインターネットカフェを使う事にしました。2階建て路線バスの最前列に座り、終点から終点への路線バス観光で街を眺めました。香港も23年前に来ているのですが、さっぱり記憶がありません。ビルが新しくなり、街が綺麗になっているのは確かです。
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2009年9月 2日 (水)

第45回総選挙での2つの宗教政党

Photo_3 今回の選挙で自民党は壊滅的敗北をしましたが、連立していた公明党も同様な大敗でした。代表と幹事長が枕を並べて落選とは思いもよりませんでした!。小選挙区8人が全滅で比例区でしか当選者を出せない事で、公明党の限界が見えてきた様です。公明党が自民党と連立を組んだのは政権が欲しいだけの理由であり、自民党は公明党=創価学会の選挙活動だけが目当てなのですから、連立解消は時間の問題です。総選挙の前の都議選で公明党は手堅く全候補者23名を当選させましたが、投票率が上がって全ての政党が得票数を増やしたのに、公明党だけは票数を減らしていました。それを承知の公明党=創価学会は、今回の総選挙ではまなじり決して死に物狂いだったのに、この結果です。創価学会本部を管轄する東京都議会で少数与党になって足元が危うくなり、更に国政で大敗です。「俺を守れ!」が口癖の池田大作さんは国会証人喚問への恐怖に恐れおののいている事でしょう。八つ当たりにされる側近たちは哀れですが、同罪であり一蓮托生です。
Photo_7  都議選全敗にもめげず、民主党を上回る337名の候補者を立てた幸福実現党は、予想通り全敗で供託金約11億円余を没収されました。小選挙区での得票数は107万票、比例区の約46万でした。比例区の得票数を基にし、10%程度が国防強化と消費税零への主張に共感した非会員として、幸福の科学の会員は40万前後と推測します。「幸福!幸福!」と唱えた今回の選挙活動は、実は「幸福の科学」の布教活動だったかも知れません。

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2009年9月 1日 (火)

第45回総選挙で政権交代

Senkyo_2Photo_2 第45回総選挙の結果、平成5(1993)年の細川内閣以来の政権交代となります。予想していたとは言え、投票率69%でも分かる通り、予想以上の国民の自公政権へのダメ出しで民主党の圧勝、自民党の壊滅的敗北となりましたsign01去年の今頃は、国民の迷惑そっちのけで安部首相に続いて突然に唐突に無責任に福田首相があの迷台詞sadを残して退陣し、自民党は総裁選でドタバタ騒ぎ。民主党は小沢さんが続投となる代表選が始まっていました。自民内閣の支持率は低空飛行し続けていましたので衆議院の解散と総選挙は間近だろうとの空気はありました。選挙になれば小泉郵政選挙での異常な多数を得ていた自民党が妥当な過半数程度になるだろうとは思っていました。それがこれほど激減するとは予想外でした。これは政権交代を使命信条とする小沢さんの選挙指導によるところ大であり、感服します。間もなく民主党の新政権が発足しますが、自民党政権と云う良き反面教師がありますので、細川政権のように短期とはならないでしょう。何より308議席と云う数は官僚達への無言の圧力であり、政治主導の政策が行われる事でしょう。鳩山さんのテーマである「友愛」社会heart01の実現を願うばかり。健闘を祈りますsign03

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