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2009年2月

2009年2月27日 (金)

ただ今、ジャマイカ!

38年振りのブラジル訪問を終え、サンパウロから空路でニューヨークを経てマイアミへ戻りました。直ぐに空港カウンタでジャマイカのキングストン行きの航空券を買い、その日に首都キングストンへ。1泊してバスで観光都市・モンテゴベイへ来ました。今回の3ヵ月の旅も終りに近くなり、慌ただしい旅程です。この国は中米にありながら英語が共通語、車は左側通行。英国の植民地だったからです。面積は約2万平方キロ、秋田県とほぼ同じ。人口約300万人の小国です。
他の中南米諸国同様に貧しい国で、浮浪者が多く、若干物騒ですcrying。なのに物価は日本並み!gawk
初出場したワールドカップ・フランス大会で、日本はこの国に負けていますshock。今もって、大国日本が負けたのが不思議です。偶然に手に入った入場券を持ってリヨンまで出掛けた私は、陽気なジャマイカサポーター達を見て、ジャマイカとはどんな国なのだろう一度行って見ようかと思ったものでした。折角ここまで来たからキューバへも思ったのですが、ジャマイカ休日やら便が少ないやらで今回は断念bearing。行き当たりバッタリで、この国を歩いての感想は女が強いwink
事です。宿でも商店でも女性がしっかり財布を握っています。街を闊歩するビジネスウーマンが逞しく見えます!Photo

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2009年2月20日 (金)

ブラジリアのピラミッド!

この国の首都ブラジリアは上空から見るとジェット機の形をしています。その右翼先端にあたる住宅街の一角にピラミッドが建っています!。高さは5階建てビル程です。これは国境を越えた超教派主義を謳う善意の教会(LBV)の
善意の殿堂です。この教会は宗教協力を掲げています。人類を悩ます深刻な問題を友愛に基づいて会合し討議して
解決しようと呼び掛けていますhappy01
この宗教協力については日本が先駆で、大正時代に大本教が万教同根の思想の元に呼び掛けをしています。戦後は比叡山サミットとか世界宗教者会議、世界連邦宗教者連合などで、独善性の少ない日本の宗教は他教・他宗との協力に前向きです。10数億の信者を抱える世界最大の宗教団体カトリック教会も近頃は宗教協力に前向きになってきました。この殿堂の展示室には100人程の世界の聖人聖者の写真が掲げられていました。見覚えのある顔が多かったのですが、その中のジョンレノンを見た時は思わすエツ!。オノヨーコさんとのベッドでのツーショットを思い浮かべました。また、釈尊(お釈迦様)だけシルクロード辺りの仏像のお顔だったのには思わず言葉を失いましたweep
数多い写真の中で一際大きいのはイエス・キリストです。総裁がイエスキリストを最大の政治家と見なしているから…
他宗教派からは異論がある事でしょう。日本ではお馴染みの白光真宏会のピースポールも立っていました。近くには同
じく日本のPL教団の教会もありました。ちなみに高校野球の有力校PL高校はPL教団立校です。更には以前に紹介した天理教も甲子園常連校の天理高校を持っています。両校共、信仰に基づく宗教教育校です。見学した日には殿堂で結婚式が挙げられていました。美しい音楽と女性司祭の式の言葉が朗々と流れ、お二人さんは本当に幸せそう!heart02Lbv

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2009年2月12日 (木)

南米のバスは冷蔵車

サンパウロに長距離バス駅は幾つかありまさすが、そのどれもが大きくて広いsign01。駅構内に人波は途切れず、絶え間
なくなく大型バスbusが入出車しています。
今回の南米の旅で、最初に乗った長距離夜行バスはサンパウロからミランドポリス行きの600キロ、約8時間。幾つもあるホームをうろうろしてバスを見つけ、チケット見せて乗ろうとすると、名前と証明書番号を書けと言われました。良く見るとチャント記入欄がありましたthink!。乗車すると座席は広くてゆったり!。リクライニングも135度にまで倒せます。そして冷房が効いていて涼しい。これは快適heart01!と期待を膨らませました。甘い期待は外れるものですcatface!。バスはほぼ定刻に発車。暫くすると涼しさが寒さに変わっていきPhoto_6 ました。12月のサンパウロですから皆Tシャツ姿。回りはと見ると、冬服やら毛布を羽織るやら防寒対策しています。エッエッエッです。そう云えば他の乗客達は乗車の時に、何やら大きな荷物を抱えていました。あれは防寒着だったのだと知りました。こんな事、ガイドブックに書いて無かった!。直ぐに頭上の冷気口を閉めます。他の客達のは閉まってます。防寒着でしたらニューヨーク用に持ってましたが、バスの荷物室の中、ショルダーバックの中を探ると、風呂敷がありましたconfident!。風呂敷は丸い物から四角い物まで何でも包み、カバンにもなり、応急処置の手当てにも使えます!日本の誇る万能品です。これを首に巻き、下げて身体を覆いました。緊急防寒対策です。これで凍死は防げましたcoldsweats01!次回からは防寒着を忘れません!、たまに忘れると、慌てて運転手に頼みこんで荷物室を開けて貰います。ベネズエラに入る時には、事前に旅仲間達からブラジルよりも寒いとの情報を得ていましたので身構えて乗り込みましたが、ブラジル並みで安堵しました。心配は杞憂に終わる事が多い様です。途中停車の休憩所での蒸し暑さの何と嬉しい事か!!。たまに乗る中距離や市内路線バスの壊れた窓から入る風の何と心地良い事happy01!。しかし、自己主張の強いこの国々の人達が文句も言わないのは不思議な事です。もしかして、日頃暑いからバスでの寒さを味わっているのかも知れませんsmile

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マナウスから空路サンパウロへ

ブラジルを北上し、ベレン、マナウスを経由してベネズエラのカラカスへ辿り着きました。帰りはマナウスまでは、まだ南米バスの寒さに耐えられましたがbearing、限界を感じcrying、マナウスからサンパウロへは空の旅ですairplane。2月10日未明3時発で2700キロ飛んで8時着、同日です!。飛行機は早くて綺麗で、楽で、確かで、便利な事を再確認しました。52日振りのサンパウロの街は綺麗に見えました!heart01。マナウスに長く滞在し過ぎた様です。人間の慣れと錯覚は恐ろしいものです!暫くして回復しました。ご安心下さい今回の宿はホステル・サンパウロです。相部屋で非会員は1泊40レアル(約2000円)と割高ですが、インターネットランがあり、朝食は豪華bread!、自炊設備は充実、部屋の管理が確かです。
同じ国際ユースホステルであるマナウスの、あのいい加減さ!いや、おおらかさは何だったろう?と、遠いマナウスを懐かしんでいます。
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陸路での国境越え

久しぶりに陸路国境越えをしました
マナウスからボアビスタで乗継の、ベネズエラの国境の町・サンタヘレナ行きの国際バスチケットを購入。マナウスを経って13時間後の翌朝に乗継時間20分前にボアビスタに着きました。時間が迫っていましたので、また乗り遅れを心配してしまいましたthink。サンタヘレナ行きバスを待ちました。ホームに立っていると、長身で鼻髭の男が声を掛けて来ました。昨日、ホステルで顔を見かけたドイツ人です。中年バックパッカーです。彼もカラカス行き。旅の道連れが出来ましたhappy01私より下手なポルトガル語で一所懸命話し掛けて来ますhappy02定刻時間から10分、20分、30分…。バス会社の係員に聞くと、遅れているね!40分、50分まだ来ません。結局、1時間半遅れshock。でもバス会社の誰も言い訳しませ
ん!。9時少しに出発し、国境近くでブラジル軍兵士がバスに乗り込んで来ました。バスの乗客は全部で6人。私とドイツ人の2人の外国人だけパスポートの提示を求められ、旅行目的を聞かれて無事終了。2人の外国人は互いに顔を
見合わせ、親指を立てましたまず、ブラジルの出国審査。どこの国も出国は簡単です。バスに乗って国境を越えるとベネズエラの入国審査。数人が行列しています。その後ろへバスの乗客6人が並びました。入国審査係官は若い女性2人。冗談も言わず、淡々とパスポートをチェックし記録しています。先にドイツ人。簡単に終わってバスへ戻ります。しんがりは私。係官はノートへパスポートの名前・番号・国籍を転記し、職業を聞いて約5分!で終了heart02。パスポートに挟んだ黄熱病種痘証明書は表紙をチラッと見ただけ!せめて、国籍欄だけは見て欲しかった!!!!!smile
バスに戻って待っていたドイツ人と、また、親指を立て合いましたバスは乗客6人を乗せてベネズエラへと入って行きますが、思えば、荷物検査がブラジルでもベネズエラでも何も無し!運転手は顔パス!こんな事で国境管理はいいのかangry、と両国に言いたい!
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2009年2月 9日 (月)

ブラジルで黄熱病予防接種

ブラジルからベネズエラへ入国しようとしたところ、黄熱病予防接種の証明の必要な事に気付きました。
いつもの事ながら泥縄式wobblyで早速マナウスの港で予防接種を受けました。客は私だけ。ホンの10分程で終わり、無料です。これが日本ですと事細かに決め事がありますbearing。まず料金が証明書代含めて8530円!。事前に郵便局でこの金額の収入印紙を買っていかなくてはなりません。当然ながら事前予約が必要で、静岡県民ですと名古屋検疫所ですが、毎週木曜の午後1時からしかやって呉れませんベネズエラ入国にはツーリストカードが必要と、ガイドブックやらネット情報に書かれてありましたので、ボアビスタのベネズエラ領事館へ出掛けました。領事館は小さな民家風です。カードマンに促されてドアを開けると可愛い女の子事務員さんが一人。カードを求めますと、日本人なら不要との返事。黄熱病接種証明があればいいと言います。これですか?とマナウスでタダで貰った証明書を見せますと、それはブラジル国内用だから空港で国際証明書を作って貰いなさいと教えて呉れました。手書きで書かれ、記録も大学ノートへ書かれただけでしたので、若干不安でしたが、やっぱりでした。早速空港へ。小さな空港です。ドアに健康とか何とか掲示された部屋に入ると、おばさん係官が2人。申請者達と楽しそうに喋りながら笑いながら仕事してます。仕事は楽しくなければいけません!。
私もブラジル人に交じって30分程で取得!。綺麗にタイプされた証明書です。無料!これで万万歳と思いきや、宿に帰って良く良く見ると、国籍欄がブラジル!日本国旅券を提示して作って貰ったのに…。私はブラジル人になりましたhappy01。喜んではいられないので、翌日また空港へ。発行所のおばさん係官は悪びれる様子も無く、再発行して呉れました。手渡す時には「全てOK!」と親指を立て、笑顔を呉れました。ありがとう、おばさん!heart04
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アマゾンまっただ中の大都市・マナウス!

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マナウスはアマゾン河上流1700キロの地にあり、アマゾナス州の州都、人口150万の大都会です。アマゾナス州は日本の23倍のブラジルの4分の1の面積を占めます。さて、日本の何倍でしょう??confident
19世紀後半、ジャングルの奥地で当時は船しか交通手段が無い寂れた地域だったのですが、アマゾン上流でゴムが発見され、アメリカの車のタイヤへの供給で莫大な富がこの地にもたらされ、大都市へと発展しました。しかしゴムの供給地は東南アジアへと移り、マナウスのゴムによる繁栄は終わりを告げました。しかし、パリのオペ
ラ座を模して造られたアマゾナス劇場を代表とする豪華な建造物群が残されました。ここでは欧州から一流の歌手を招いてオペラが上演されnote、ダンスホールでは夜毎に大舞踏会が催うされていました。
その後は日本人移民によるジュート生産(コーヒー袋用)や胡椒の栽培で再び景気を蘇らせもしました。この地にも日本人は貢献しています。頑張れニッポンfuji
今年は日本人移民アマゾン入植80周年です。現在は観光都市、自由貿易都市、産業都市として大いに賑わっています。とてもアマゾン奥地に居るとは思えない活気に満ち溢れた街ですbuilding
私も3回の滞在で10日を越えました。

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今度はホントにバスに乗り遅れ!

マナウスからベネズエラ国境近くの町・ボアビスタ行きのバスでの出来事です。
出発時刻は午後9時。宿近くのバス停で30分以上も待たされて長距離バス駅へ着いたのは20分前。何とか間に合
ったと安心して、ホームに行きました。出発間近なのに私のバスが来てませんsad!待合所でバスチケットを何気なく見ると、出発時刻が19:00と書かれています。薄いタイプ印刷文字ですが、どう見ても19:00!エッエッエッhappy02です。売切れが心配で昨日買っておいたのに…。買った時に19時と言われたのを午後9時と聞き間違えたのです。ブラジルで、これまでバスチケットを買う時はいつも時刻表現が24時間でなく、午前午後を使う12時間表現だったのです。今回に限り、24時間だった!!昨日から24時間一度も見直さなかった!。思い込みは怖い!。幸い最終便23:59があるので、鷹揚なブラジルだから多分大丈夫だろうと、窓口へ交換依頼に行きました。当然の如く、窓口係員はパソコン端末で変更操作を始めてくれましたが、通信不良でパソコンが立ち上がらないgawk。10分待てと言われ、10分後に行くと、
20分待て、20分後に行くと30分。これを何度か繰り返し、最後はバス運転手に頼め!で落ち着きました。後は空席のあるのを祈るばかりlovely。20分前にバスは来て、運転手に頼むと、待て、5分前になって漸く乗車出来ました。
座席はほぼ満席!天の恵みです!!!!coldsweats01。以後は購入後に確認を怠りません!。皆様もご注意下さい!。
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