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2009年1月

2009年1月26日 (月)

ベレンからマナウスまで1400キロの船の旅!

020_26c110 南米大陸北部を横断する大アマゾン河の河口の街・ベレン。ここから上流1400キロに大都市マナウスがあります。この間の交通は空路なら2時間、船なら6日間
今回の旅は時間がたっぷりなので船の旅ship!。船室は2等ハンモックと1等個室があります。ハンモックは250レアル≒12500円、個室は400レアル≒20000円。迷いましたが、ハンモック持ってないし、パソコン等貴重品沢山あるので個室を選択。でも2段ベッド2人部屋です。出発は夕方ですが、昼前から2等乗客たちは詰め掛けていますハンモックに指定場所は無く、早いもの勝ちでいいとこ取りだからです。夕方近くになると2等船室は色とりどりのハンモックで埋め尽くされます。荷物と混在ですhappy02
船は全長450メートル。乗客数はハンモック客251、個室34の合計285人。私の部屋の相客はブラジル人青年。左足が太股からありません。義足と松葉杖を時と場合で、上手に使い分けていました。聞くと、交通事故で無くしたとの事。また父親も同時に亡くしたと言います。でも彼は全く屈託なく物おじせず、乗船中ずっと女の子を口
説いて暗闇に誘っていました。イケメンだったから不自由無い様ですheart02アマゾン河にはほとんど波が無く、いつまでもどこまでも流れる様に進みました。両岸はアマゾンの森が続き、時折、原住民の家が見えたりしますhouse。途中で数回停泊し、乗客と荷物の乗り降りがありました。ほぼ中間のサンタレンではほぼ半日停泊。手作業で荷物を運んでました。コンテナだったら1時間で済んだでしょうにshock。朝のカフェーは無料。パンとコーヒー牛乳が配られます。昼食・夕食は5レアル≒250円。油ご飯と豆、肉と野菜のごった煮。毎日毎回同じメニューで終いには飽きました!。乗客たちは甲板でダンスしたり、シャワーを浴びたり、ゲームをしたり、ひたすら川辺・川岸を眺め続けたりしてます。私はと云えば、1等客専用ロビーでパソコンでの写真編集三昧でしたpc
しかし6日は長かった!。もう船旅は遠慮したい!そして、1月19日の未明にマナウスへ到着しましたnight
Santarem70

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天理教ブラジル伝道庁

ブラジルのサンパウロ州の西350キロにバウルー市があります。
ここの小高い丘に大きな日本の宗教の教会があります。天理教ブラジル伝道庁です。日本では全国各地に1万7千余の教会があり、見慣れた建物ですが、日本から最も遠い国にも同じ形であるのです。チョット不思議な感じhappy01!朝夕のおつとめ(礼拝)も同じです!。太鼓と鐘の音に乗って「悪しきを払うて助けたまえ天理王の命!」の祈りの言葉が聞こえてきますnotes。教会前の道の名は「天理通り」です。
この伝道庁の初代伝道庁が大竹忠治郎さん。現在の2代目伝道庁長は村田雄治さん。天理教の布教師だった大竹さんは24才の時に天理教の集団移住の一員として昭和4年(1929)ブラジルへ渡りました。開拓と同時に布教活動に励み、布教所・教会開設の後、伝道庁設置で初代伝道庁長に任命されました。ブラジル伝道63年半、平成4年(1992)88才で亡くなられました。一生を天理教布教に捧げられました。天理教のみならず、宗教の開拓伝道のお手本ですbook
天理教は天保9年(1838)10月26日、教祖(おやさま)中山みきに親神(元の神・天理王命)が入り込み、立教しました。
親神がこの世を造ったのは、人間が陽気暮らしするのを見て、共に楽しみたいからと教えますlovely。自分中心の心づかいや行いは慎み、他の人々を勇ませてこそ本当の陽気であり、異なる個性をもつお互いが、互いの良いところを伸ばし合い、足りないところは補い合う。その助けたり、助けられたりしながら、共に生きる事が陽気ぐらしの姿であり、それが、私たち人間の生きる目的と教えますheart01。教主を真柱(しんばしら)、信者を用木(ようぼく)と呼びます。
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2009年1月25日 (日)

赤道直下のベレン市

2 偉大な街!ブラジリアから怪適な36時間バスで辿り着いたのがベレンです。全長6500キロの大アマゾン河河口の北部ブラジルを代表する人口130万の街、パラ州の州都です。到着した長距離バス駅は、出発したどこかの首都のバス駅より綺麗!おまけに駅内にインターネットカフェーがあります。どこかの首都ではバス駅はもとより、街を歩き回って1軒しか見つけられなかったのにhappy02。暑いけど緑が沢山で、そんなに暑さを感じません。毎日スコールがあるから、そんなに気温が上がらないのでしょう。
人々の顔はインディオ系が多く、穏やかに見えます。まず宿探しで、バス駅の回りのホテル1軒づつを「幾らですか?」、続いて「インターネット無線ラン出来ますか?」
と尋ね歩きました。この街に長居はしない予定なので似合わないのですが中級ホテルに決定。1泊49レアル≒2500円。
港町ですから魚は新鮮!coldsweats01。ホテル前の屋台食堂で焼き魚定食を戴きました。
思えば焼き魚なんて久し振り。4レアル≒200円。
パラ州も日本人移民が多く入植し、この街には現在日系人が約3000人が住んでいます。ここに「汎アマゾニア日伯協会」があり、今年は日本人移民入植80周年の記念行事が 多く予定されています。ちなみに昨年はブラジル日本人移民百周年でした。
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2009年1月23日 (金)

人工首都・ブラジリア

ブラジルの首都は人工都市・ブラジリア。
1955年に当時の首都リオ・デ・ジャネイロから移りました。中央高原部を開拓発展させようと、当時の大統領が英断しました。街の形は上空から眺めると飛行機の形をしています。きっとナスカの地上絵を真似たに違いありません(^-^)!機首の部分は三権広場で国会議事堂・裁判所・大統領府があります。上院はお椀を伏せた形、下院はお椀をそのまま置いた形と斬新です。両翼は住宅街でホテルが並びます。胴体は公園で、市民の憩いの場所。テレビ塔も立ってます。広大な土地に建物が点在している感じでゆったりで、とても人口200万とは思えません。政策の為か、役所の街なので、産業が少なくて職が無くて人が集まらないのか、人口が集中していない様子。自然保護にはいい事ですconfident
中心部は綿密な設計が施されしたが、街の外の周辺部は手つかず、その為にスラムがあちこちに出来てしまいました!偉大な失敗都市とも呼びます…私が…happy02
なのに世界遺産に登録されているのは不思議!?どうして???。これを反面教師として成功した都市計画の街が、同じブラジルにあります。南のパラナ州の州都クリチバ。世界的にも高い評価を受けています。サンパウロに次いで日系人の多い街でもあります。この街の都市計画・環境対策の要になったのが、日本人移民の中村ひとしさん。パラナ州環境・水資源庁長官、クリチバ市環境局長として腕を振るいました!。アッパレ!一見の価値あります!。まだ行ってませんが…bleahPhoto_2

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2009年1月22日 (木)

バスに置いてきぼり!?

首都ブラジリアからベレンまで約2,000キロ。36時間のバスbus
の出来事です。 長旅ですから何度も休憩します。
バスにもトイレはありますが、落ち着いて出来るのはやはり動か
ないトイレですgawk
些か寂れた休憩所のトイレに入り出てくると、私のバスがいないshock
ホンの数分だったのに!!!。
ここはどこ?、私は誰?状態になります(*_*)。
運転手は客の確認をしないのか!
乗客たちも珍しい東洋人がいたのを忘れたのかhappy02.。
昔、インドで荷物全部を無くした二の舞か (++)
座席に置いた鞄には情報満載のパソコンが入っているのに…weep
でも旅慣れて感性が鈍っている為か、そんなに動揺しません(?_?)。
きっと運転手は気付いて戻って来ると信じてバスを待ちました。
10分、20分、でも来ません!!!crying
それではと、電話カードを買ってバス会社に電話しようかと電話
ボックス辺りを見ると、一緒に乗っていて、ここで降りたらしいシス
ター(尼さん)が見えます。地獄に尼さんですlovely!。
助けて下さい!私のバスが行ってしまいました!と訴えました。
すると、涼しい顔で「私もベレンへいきますよ!」との御返事。
次いで「バスは洗車でガレージです。すぐに戻るでしょう」と、おっ
しゃる。エツ、エツ、エツです。
まるでビートルズのLet  It  Beのマリア様のお言葉です。
助けを求めたのがシスターで良かったlovely!。
一般のブラジル人だったら大笑いをされるところでした。
と、ここで一件落着かと思いきや、二件目がありましたcoldsweats02
今度は大きなバス駅。
また洗車で乗客降ろして行ったはいいが、なかなか帰って来な
い!。戻ってくるのは降ろされた場所ではないらしく、乗客たち
10数人は大混雑の夜のバス駅内を、シスター先頭に、あっちへ
こっとへバスを求めて彷徨いました!!。
ホントにこの国のバスの運行はどうなっているのだ!!!。
責任者を出せ!!!!でしたcatface
大体からして、ブラジルのバスの運転手は休憩所で止まっても、
黙って降りてコーヒーなんか飲んでます。
ここが何処なのか、何故止まったのか、何分止まるのか、こちら
が聞かない限り何にも言わないのですpout
そんなこんなで36時間の長旅で何とかベレンに着きました!。
まあ、目出度し愛でたしですbleah

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2009年1月 9日 (金)

ブラジルから謹賀新年!!!

明けましておめでとう、ございます!fuji
年末年始を弓場農場で農作業に励み、ただ今、サンパウロ方向
へ300キロ戻ったバウルー市にいます。
ここも寒さとは無縁で、道を歩くにも暑い陽射しを避けて歩きます。
ここには天理教の南米布教の拠点「ブラジル伝道庁があります。
ここで「ひのきしん」=勤労奉仕してます(゚ー゚)。
調度、信仰を学ぶ講習会開催中で、総勢400人の食事の手伝い
をしています。慣れない野菜果物の皮むき、食器洗いに奮闘して
ますhappy01。回りはほとんど日系2世3世。
ポルトガル語と日本語のチャンポンで話していますcoldsweats01。この後は
首都ブラジリアへ向かい、更に北のベレン、そしてマナウスです。
無事に辿り着ける様、祈って下さいscissors
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2009年1月 5日 (月)

弓場農場の旅人たち

弓場農場には旅人が絶え間無く訪れる。
旅人は、この農場の噂を旅仲間から聞いたり、安宿の情報ノート
に記事を見つけたり、ネットで巡り合ってやって来る。
ほとんどが日本人なのは、ここが日本語社会だからである。
旅人は一宿一飯の仁義に添い、農場の人たちと一緒に畑に出る
朝6時、角笛の合図で起き(起こされ?)、7時にトラクターで畑へ
燦燦と照る太陽の下、汗ビッショリかいて、
グアバ、オクラ、トウモロコシの収穫と出荷梱包仕事。
1日百姓仕事を終えて、18時に夕食。
食事は自家製の野菜中心の総菜で自由に戴きます。
美味しいので、ついお皿山盛りになります(@_@)。風呂に入って後
は、就寝まで自由時間。食堂では毎晩、酒の肴で花が咲いてます
24時まで(^-^)。

極めて健康的な生活を味わいます。
ここの体験が恋しくて、何度も訪れる人もいます。
中には居ついてしまった人も!!。

当初、日本人移民の集団で始まったこの共同農場は、
今、移民の子孫と元・旅人との共同社会になって来ました。
天国に旅立った創立者も想定外の事でしょう…。
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弓場農場の年末年始

弓場農場にはバレエ劇団があります。
年末は農場内の劇場でXmas公演を12月25日と30日の2回実施。
近隣の住民は元より、サンパウロ市等からもバス・車で大勢が観
劇に来ます。半屋内式800人収容の劇場は満席になります。
公演内容は器楽演奏、バレエ、演劇。
今年は生演奏付きのスライドによる弓場農場の紹介がありました。
夜7時半開演で10時半まで。たっぷり楽しませてくれます。
終演後は食堂でお客さんも加わって深夜まで酒と肴の大宴会!!

年末の2回の日曜日は餅つき。
1回につき150キロの米を、皆が交代で臼でつきます。
近頃の日本ではほとんど見掛けません。
お世話になった方々への贈呈用でもあります。

大晦日には弓場農場住民は元より、お客さんも旅人も参加しての
紅白歌合戦! 自慢の喉と芸を披露します。
審査の採点方法は10点満点だけど、最低点は5点!!。
満点以上の出来だったら12点まで可(@_@)なのです!。
小生も4人の審査員の1人に指名されましたwink
年末の忙しい農作業の間の練習なのに、なかなかの出来栄え!、
皆芸達者です!。今回は白組の優勝!2年連続となりました。
終了後は手作りの年越し蕎麦を戴きます。
うどん風のラーメン(?_?)に豚スープ・味噌・野菜などなど
そしてまた、深夜まで大宴会!!。

元旦の料理は勿論、お雑煮!。
だけど午前中は農作業weep。 終わらせてから戴きます。
焼いたお餅に野菜スープまたは肉スープ。栄養満点なのです。
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